2012年4月15日

プログレス南三陸(復興Blogマガジン)創刊にあたり

2011.03.11 3:35:55 PM 南三陸町を襲った大津波(志津川中学校から撮影) photo K.Yamauchi
















 

2011年3月11日。
あの日から一年が経った。「南三陸町」に生きる者として、目を閉じ耳を傾ければいつもあの光景が蘇る。あの日私は、避難した高台の中学校から全ての光景を目に焼き付けた。黒波が町を破壊していく轟音、泣き叫ぶ人々、極寒の夜。それら全てが今でも忘れられない。

瓦礫が取り除かれ、人々の生活は平穏を取り戻したかに見えるが、変わり果てた故郷の景色は時を経てもほとんど変わらない。毎朝仮設住宅を出発し、失ったかつての我が家を横目で見ながら、被災現場を通り抜け仕事場へ向かう。そんな風に、この町の誰もが変わり果てた景色の中で一日を過ごし、時折昔を思い出し、その度に現実を痛感する。家族の死、友人の死、一年が過ぎても尚、失った物の大きさを突きつけられる事がある。

それでも人々は皆、顔を合わす度に気丈に振る舞う。互いに奮闘する姿を見て、我が身を奮い立たせる。「みんな一緒だ、頑張ろう」日々の営みの中、そんな声がいつも聞こえてくる。

あれから時が過ぎ、翌年の3月11日を境に報道の数も驚くほど減ってしまった。

人々の記憶から忘れ去られて行く中、被災地の奮闘はあの日と変わる事なく続いている。この町がかつての生活を取り戻し、安らげる日はいつ訪れるのか。私達は逃れる事のできない現実と向き合い、時折自分を奮い立たせ、何十年も続く復興への試練を一歩一歩乗り越えて行くしかないのだろう。

深い傷を抱えながら笑顔で突き進む南三陸町民を、どうか忘れないで欲しい。
そのために我々南三陸町民ができる事は、自ら発信し続ける事だと思う。

このブログは、南三陸に生きる「人」や「事」をテーマに進んで行く。この町で静かに営みを始めた人々にとって少しでも力になれるよう、少しずつ発信して行こうと思う。この「ブログレス南三陸」が被災地を応援して下さる方々の情報ツールとなり、町民との元気の架け橋になれば嬉しい。


2011.04.15 プログレス南三陸 編集長 K.Yamauchi